最終更新:2021.9.10
西日本暖温帯丘陵地を中心に、各所で湧水によって形成され、泥炭の蓄積に乏しい小規模な湿地が確認されます。これを、湧水湿地(seepage marsh)と呼びます。そこは希少種や地域固有種を含んだ独特の生物のハビタットとなっており、日本の生物多様性を保全するうえで欠かすことのできない場所です。私は「分布と成り立ち」「植生配分と遷移」「環境史および保全」等の観点から研究を進めています。これらのテーマは独立するものではなく、相互に関連しています。
湧水湿地がどこに分布するのか、また、その分布は何によって規定されているのかを明らかにします。湧水湿地の分布は、それがどのように形成されるかという点とも深く関わっています。地形・地質、気候、人の利用履歴といった複合的な観点から、その成り立ちを明らかにします。さらに、成り立ちには複数のパターンがあるため、一口に湧水湿地といってもいくつかのタイプがあります。湿地(Wetland)と呼ばれる環境の中で、湧水湿地がどのように位置づけられるのか、また、湧水湿地はどのようにタイプ分けできるのかについても検討しています。
湧水湿地には湿地林あるいは湿性草原が成立しています。私は特に後者を鉱質土壌湿原と呼んでいます。一つの湧水湿地の中には、様々な相観・種組成の植物群落がモザイク状に分布しており、このことが湿地全体の生物多様性を高めています。この植生のモザイクの背景には、地形・地質・地下水位といった様々な環境因子の湿地内の不均等がありますが、どのような仕組みでそうなっているのかを明らかにします。また、植生のモザイクは、各群落の遷移段階の違いを反映している場合がありますが、そもそも湧水湿地では、何を原因として、どのように植生遷移が進むのかを明らかにします。
湧水湿地の多くは里地里山の中に成立しており、人活動の干渉の中で生成と消滅を繰り返してきました。かつて、湧水湿地の周囲ではどのような人の活動があり、それが湧水湿地の成立や維持とどう関わってきたのかを明らかにします。また、高度経済成長期以降、湧水湿地のある里地里山は断続的に強い開発圧を受け、その多くが消滅したほか、残された湧水湿地の保全が喫緊の課題となっています。湧水湿地の保全・再生にはどのようなことが必要なのか、埋土種子の利用などの管理手法だけでなく、地域住民がどう関わって保全してゆくのが望ましいのかといった社会的視点を含めて調査をしています。
湧水湿地はまだ一般にはよく知られていないマイナーな環境であり、研究も十分に行われていません。そこを補完すべく、上記以外の湧水湿地に関わる研究も行っています。例えば、湧水湿地を訪問する鳥類や哺乳類に関する研究、湧水湿地の生態系サービスに関する研究、湧水湿地の普及啓発や利用者に関する研究などです。
日本には現在、20万カ所近い農業用ため池(貯水量3万立方メートル以上)がありますが、近現代の灌漑技術の発 達や、それに伴う圃場整備の影響で減少しています。ため池には、本来の「灌漑用水の貯水」という本来の機能のほかにも、里山ビオトープのひとつとして生物 多様性を維持する機能や、小さなダムとして洪水を調整する機能、レクリエーションや環境教育の場としての機能など多面的な機能を持っています。こうした視点から、ため池に関する研究を行っています。
日本の多くの地域では、はかつて、人と自然が密接なかかわりの中で共存してきた「里山」が広がっていました。ところが高度成長期以降、宅地の増加や農地整備によって里山は急速に減少・変質していきます。かつて、人々は里山でどのような自然とのかかわりを持っていたのか。それが、どのように変質していったのか。この疑問を人文・自然の両面から追う環境史の視点から、里地里山に関する研究を行っています。